「人ががっかりするのを見るのが怖い・・」。がっかりしていたのは、わたしでした。

人間関係のお悩み

先日の土曜日は、ビリーフリセット・リーダーズ講座(BLC)のマスタリー講座でした。

マスタリー講座は月に一度、土曜日の午後から、会場とZoomで交互に行われています。

 

今回の講義のテーマは、「感情の責任を整理する」。

自分の感情は、自分のもの。
その人の感情は、その人のもの。

感情はすべて、自己責任。

人のせいではない、というところから講座がスタートしました。

 

講義の終盤に、「感情に関するビリーフを見直す」というワークシートがあり、

その中に、以下の文章がありました。

人が「悲しむ、困る、がっかりする」ことに罪悪感を感じる人

この「がっかりする」に、ものすごく反応してしまったわたし。

 

「がっかり・・がっかり・・、人ががっかりするのが、怖い・・・」

「がっかり」という文章を見るのも怖いくらいに、反応してしまいました。

 

そのあと、セッションの時間になったので、迷わずクライアントに立候補して、仲間のみこりんにセッションをしてもらえることになりました。

 

セッションが進んでいくうちに出てきたのは・・・・・

わたしが、両親に対して、心底がっかりしていた、という気持ち。

でもわたしは、その気持ちをずっとないことにして、感じないようにしてきました。

 

ずっとずっと、「がっかり」を感じることを強く強く禁止してきたわたし。

なので、他人に対しても、「がっかり」を強く強く禁止してきた、ということがわかりました。

 

ここでも、投影の三角形が当てはまります。

投影の三角形

自分に禁止していることは、他人にも禁止するし、他人からも禁止されているように思い込む。

 

頭ではわかっていました。

親に対して、いろんなことを諦めていたし、期待しなかったし、欲しいものを求めてもいなかった。

かなり小さいころから、心底諦めていたのはわかっていました。

 

でもセッションで話を聞いてもらって、記憶を過去に戻して、この「がっかり」を、頭ではなく、ハートで感じることができました。

「本当はわたしは、親にとんでもなく、がっかりしていた・・。ああ、そうだった。ずっとずっと、がっかりしていた・・。」

そう感じることができて、気持ちがとてもすっきりして、晴れていくのがわかりました。

 

「だから、こんなにも他人ががっかりすることが、嫌だったし、見たくなかったんだなあ。

でも本当に見たくなかったのは、自分のがっかりだったんだ・・。

 

なぜこんなにも、わたしが親に対するがっかりを禁止していたかというと、

親に対してがっかりするなんて絶対に許されないことだと思っていたから。

あんな親でも、好きだし、愛しているし、がっかりするなんてとんでもない・・。

そんな気持ちがあったんだと思います。

 

講義中にお話があったのですが、人間には上の人を崇拝するようなプログラムが人類レベルで入っていると。

無意識レベルで、親を神様だと思っているんですよね。

なので、親を人間に戻すことが大切。

現実、実際、親だってただの人間なんですよね。

 

セッションのはじめに、「がっかりされるとどうなる気がする?」というような質問をしていただいて、わたしは、

「見捨てられる気がする・・」と答えました。

後になって気付いたのは、わたしは、親を見捨てるのが怖かったのかな、ということ。

それは、怖かったよなあ・・と。

心の奥底で、小さいわたしは、親を見捨てないようにと、必死だったのかもしれません。

だから、「がっかり」と「怖い」がこんなにも結びついていたのかな、と。

そう思うと、腑に落ちました。

 

それにしても、本当の気持ちは、いつでもとってもシンプル。

その「本当の気持ち」を見ないから、見ないために、他人に投影したり、いろんなことを混乱させている。

 

過去に置き去りにしてきた「本当の気持ち」。

掘り起こして、「本当はこの気持ちがあった」と気づくだけで、認めるだけで、こんなにも気持ちが晴れるものなのかと。

今回のセッションで、シンプルにそのことを体感することができました。

みこりん、本当にありがとう^^

 

さて、今週末は、BLCの合宿です。三浦海岸へ行ってきます。

そのあとは、はじめての講座開催も!(早くも残席5席となりました。気になる方はお早めにお申し込みください。)

しばらくブログを書くペースが遅くなるかもしれないし、ならないかもしれません。笑

引き続きマイペースで楽しくやっていきたいと思います^^

 

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